Run, Run, Run and Run

舞台俳優のいちファンの観劇記録ブログ

スカーレット・ピンパーネルを観てきました②:ショーヴランという人

 昨日のマダムギロチンについての記事の閲覧ありがとうございます。思いの外たくさんの方に読んでいただいているようで、有難い限りです。
 今回はショーヴランについて書こうと思います。実は目当てで行ったメルシエさん役の佐々木さんに次いで好きになってしまったのがこのお方。初見からショーヴランさん(石井一孝さん)のキャラクターや歌声に惚れ惚れしてしまいました( *´人` )💕
 2回目に見るとまたかなり彼に対するイメージが変わって、より楽しく愛おしく観ることができました。
 以下、ショーヴランのここが好きというポイントを詰め込んだ文章です( ‘ v ‘ )初見と2回目との感想が混ざっています!
 
 
 
 まず開幕マルグリットを見ている視線が完全に客席の私たちと一緒!!  2回目に気づいたのですが、とにかく舞台の上のマルグリットが好きでしかたないって顔をしていてショーヴランさんかわいいな…と心を掴まれました。
 2回目のこの場面はほぼずっとショーヴラントリオを見ていましたが、彼自分がずっと好きな相手が舞台の上で輝いているのを満足そうに見ていて口元は緩んでるし、目もニコニコしてるしでこの平和さは本当にショーヴランか?と思うほどでした。コメディー・フランセーズ存続のお礼として彼女から紹介されるところなんて満面の笑みとドヤ顔じゃありませんか?
 
 結婚を公表した時はそんなに動揺していない風だったのが、「今日が最後です」「彼がフィアンセです」のくだりになると「なんだと!?聞いてない!!あいつか!?あいつと一緒になるのか!?!?イギリスの男だと!?!?」みたいに一気に顔が凍って険しくなるのも親近感しかありませんね…。わあすっごいショック受けてる!というのがありありとわかって、これ以降あまり見えない彼自身の人間味が前面に出ている気がします。
 メルシエさんとクーポーさんは終始真面目な顔で舞台を監視している感じで、時折何か言葉を交わしたりもしていました。もしやこのお二人、こういったものには全く興味がない?完全に上司に連れてこられてしまった感と仕事中です感がまたショーヴランと対照的で面白いです。
 
 劇団の存続を報告してから封鎖までさほど時間がなかったはずなのに、いつロベスピエールからの命令が入ったんだろう?というのは初見からの疑問です。普通に考えれば途中で2人がひそひそ話してショーヴランにも何か伝えた時点でしょうが、それにしてもタイミング…?と疑問に思ってしまうのです。それに、その時だったならいくらマルグリットの電撃引退を聞いた後とはいえもう少しショーヴランも動揺したっていいんじゃないか、それともマルグリットのいない劇場なんて意味がないのか、自分と国を置いて出て行く彼女への復讐なのか…もしくは、本当はとっくのとうに封鎖命令が出ていたのではなんて邪推をしてしまいました。(☆記憶が定かではありませんが確かショーヴランは2回話しかけられていて、1回目は相手にせず制止しているのが2回目は逆に2人を置いて出ていってしまっていたような?公演中に閉鎖命令が来てとりあえず後でいいやと思っていたのが気が変わった?)
 第一、ついさっき存続の恩人として紹介された人が舌の根も乾かぬうちに幕を裂き劇場の閉鎖を言い渡す矛盾があまりにも大きくはないでしょうか。観客だって両方のショーヴランをはっきり視認しているわけで、それでは反発が大きくなっても仕方ないのではないか、と。当時のフランス情勢がそういうものだったと言われればそれまでなのですが、マルグリットに対してさえも「ロベスピエールの命令だ」の一言で済ませられることなのでしょうか。私なら朝令暮改もほどほどにしろと到底納得がいきません。
 
 少々脱線しますが、ショーヴランはこの性格で度々損をしているような。すべてをロベスピエールの名前に任せ、任務だから仕方ないだろうと切り捨ててしまうのはどこか無責任で彼自身の感情も見えない。たぶん元々のショーヴランはもっと感情が激しくて、革命時はきっと熱く魅力的な男だったのだと思います。政府の人間としての顔と姿を常に崩さず、自分自身を隠しているからこそ薔薇園のシーンや冒頭の素の感情が愛おしく見えるのかもしれません。
 
 私から見たショーヴランは、とにかく真面目すぎるほど真面目で少しそれゆえに抜けた部分があって若干不器用で、目的に向かって一心に突き進む真っ直ぐな男です。ただただロベスピエールと同じ革命理念に燃えて、旧体制への嫌悪と怒りがあって、そしてフランスとマルグリットを一途に愛している人。きっとロベスピエールに唯々諾々として従うだけでなく、時には意見して彼の暴走を止めることもできたはずだけれどもそれはしない、ある意味で忠誠心も篤い人物。
 
 彼が本当にロベスピエールを上司としても崇拝し尊敬していると感じたのはグラパン初登場の場面です。ピンパーネル一味にギロチンに縛り付けられ、放置されたところへ(ここメルシエさんしか見てなくてショーヴランも縛られていたか定かではありませんもう一回観たい…)ロベスピエールがやって来てこの5週間の失態を叱責しますよね。このときショーヴランはほんっとうに申し訳なさそうな顔で報告しているんですが、後ろの二人見るとちょっと笑いそうになってるように見えたんです。もう幽霊騒ぎのくだりなんてメルシエさん楽しんでない…?と思うくらいで。(☆25日に観たときは「幽霊騒ぎがありまして/ジュリアス・シーザーの幽霊です」の声が震えているようでした)そもそも本当に申し訳なかったらクーポーさんも「ラテン語を話してました!」なんてあっけらかんと言い放ちませんよね?
 
 この対比にロベスピエールに対するショーヴランの忠誠心が見えるようで、彼がどんな人物かを考える手がかりになると思います。グラパンを紹介されたときも「えっ俺は…?」みたいな表情をしているし、「スカーレット・ピンパーネルは私が捕まえます!」での信頼回復しようとする意気込み、「牢獄で暮らすよりましだろう!」と言われてからの傷ついていそうな雰囲気も彼のまっすぐさが窺えてとても好きなシーンです。どことなく犬っぽい。
 
 ショーヴランは部下と共にいるときはほとんど自分の感情を表に出さないように見えます。彼の内面が滲み出すのはマルグリットが現れるとき。薔薇園の口説きは意外なほどに情熱的で正直あれで落ちないマルグリットの精神が強すぎると思うほどです。私ならその晩からショーヴランが頭から離れなくなる。そもそも一人称が「俺」の時点で石井ショーヴランさんはずるいと思うんですよ、格好良すぎる!あの上品な世界の中で公にはきちっとしていながら、プライベートでは「俺」?ギャップに弱い私は即座に貫かれました。
 
 薔薇園で彼が見せる、絶対にマルグリットは自分のところに戻る、あれが本当の彼女の姿だと信じて疑わない強さと優越感のようなもの。
 「おれと比べてどうなんだ。つまり、…”男として"どうなんだ。」
 …ヒュー!!かっっっこいいい!!このセリフがこんなに似合う方がいるでしょうか?これを堂々と言えてしまう、そんなところも好きです。
 
 昨日公式アカウントが公開した舞台映像でも思いましたが、ショーヴランさんはマルグリットに対する声があまりに甘すぎる。甘すぎて関係ないのに私が恥ずかしくなる。「今も同じ夢見ているか」の「いるか」、透き通った高音は初見から心臓に悪かったです、どうして『君はどこに』になった途端突然あんなにセクシーになるのですか…?後ろから抱き締めながらの「戻れ」もなかなか攻撃力が高くていらっしゃる。
 なお宝塚版を聞いてみたら「俺を焦がし 悶えさせた少女」とあって梅芸版より激しい…と畏れ入りました。ひえぇ…。でも梅芸版の「同じ星のかけら/怒りに狂う星の」もなかなかに強いラブソングっぽさを感じます。同じ星のかけらですよ…? 2人はふたりでひとつ、の最上級に情熱的みたいな表現。なんて男だと思いましたがそういえばフランス人だったとハッとしたのを覚えています。目はほとんどそらさずにあちこち手を伸ばしていくのプロすぎませんかショーヴランさん…ものすごいエネルギーだと思うんですこの曲の言葉の力。BW版を読むとさらにもっといろいろと読み取れて深いですね…どれだけマルグリットを愛しているんでしょうこの人は。
 パーシーが見ている前でマルグリットの手を取ってキスをしていくのも当たり前の挨拶なのに視線に気品と自信が満ち溢れていてすごい。まだ強気でかっこいいキャラクターのショーヴランさん本当に好き…
 
 この<敵側の男が味方側の女を口説いて自分の側に連れて行こうとする>という構図はオペラ座の怪人の'The Point of No Return'を思い起こさせるなあとふと思いました。過去のことを引きずっていて女性側は他の人と結ばれているという点でもエリックとショーヴランには共通点があるかも?
 また、全編を通して繰り返し現れる「夜明け」というワードがここにも入っていたのでこちらも別の機会に照らし合わせて考察してみたいところです。DVDかCDの発売を心から待ち望んでおります…
 
 
 完全に順番が前後しましたが、『隼のように』はとにかく深い歌声が毅然として格好良く初見のこの歌で彼を好きになりました。あのソロは素晴らしいですね…メロディーもピリッとして好きですしイギリスへ迫り来る敵という雰囲気もあって緊張もします。初見ではストーリーもグラパンの正体も知らなかったので、こんなに早くバレちゃって大丈夫なのかととてもハラハラしていました。これはパーシー逃げられないぞとこの1曲で思わせるショーヴラン、さすがです。
 
 『謎〜疑いのダンス』でパーシー・マルグリット・ショーヴランがそれぞれ疑いを持ちながら入れ替わっていくのが演出としてとても好きです。特にパーシーがマルグリットを見る目、2回目に見たときは本当にショーヴランと共謀しているのではないかと疑っているように見えて、でも彼女を愛しているからそんな考えも否定したいけれど状況的に何もなかったとは思えずショーヴランにも意識は向けつつマルグリットをある種警戒している様子がこちらまでピリピリしてしまいました。
 ここのショーヴランはピンパーネルの逮捕はもちろん大切だけれども、それよりも捜査への協力を通じてマルグリットを自分の手元に戻したい気持ちが勝っているように感じます。「この痛み 今きみに」はなんの痛みなんでしょう、革命を邪魔されることへの痛みなのか、マルグリットを失った痛みなのか。
 
 ちょくちょくショーヴランは「裏切りも許そう」とか「これで俺のもとに戻ってきてくれるよな(うろ覚え)」(アルマンと再会するシーン)とかいうことをマルグリットに言いますが、どれもどこか的外れというか彼女自身はちっとも気持ちがショーヴランに向いていないことをわかっていないんじゃないかと思わされます。これだけ書くとちょっと痛い人になってしまいますけれど、実際何か勘違いしてない?と言われるタイプのような気がします。
 
 マルグリットは革命理念を裏切ったという気持ちはあるかもしれませんがショーヴランとの恋仲関係を裏切ったなんてちっとも考えていないでしょう。とっくの昔にショーヴランとは切れていて、今は出会ったときからパーシーを100%愛している印象を受けます。それをおそらくショーヴランはわかっていない、もしくはわかろうとしていない。過去のマルグリットの魂がそのまま今も続いていると確信している。グラパンと最初に話し合ったときでさえ、マルグリットは自分たちにとって有用になると思っているのですから。
 しかも反対に乗り込んできたマルグリットに向かって戻ってきてくれるだろうって、さすがにそれは無理だろうと私でさえ思います。身内に酷いことをしたところに自ら身を置きますか?
 
 口を割らないアルマン、きっぱり戻るつもりはないという姿勢を見せたマルグリットをどうしてああも迷いなくギロチン台へ送れるんでしょう。それだけは私にもよく理解できません。それだけ”革命”を絶対視していたのか、それはマルグリットへの愛よりも優先しなければならないことだったのか…。他の奴にやられるなら俺が、という気持ちもあったんでしょうか。逃がすことにより自分が責任を問われ処刑されるのを恐れているようには全く見えませんでした。むしろ、革命の敵であるピンパーネルに肩入れするようなマルグリットはいらない…?だとしたら書いているだけでもぞっとします。
 
 「なんと愚かな女だ、自分の国で、”俺"と!一緒になっていれば!お前は一人で死んでいくんだ!」このショーヴランさん顔は角度的に見えなかったのですが、今までで一番必死で一番仮面が剥がれ落ちて生身の彼が出てきた瞬間だと思います。本当はずっとマルグリットといたかったのに引き止められなかったこと、ずっと愛していたこと。共に革命の道を歩んで行きたかったこと。マルグリットからすれば勝手を言うなと激昂してもおかしくない言葉ですが、ここのショーヴランは今にも泣き出しそうな声に聞こえました。
 「一人はあなたよ、ショーヴラン。」一度は恋人であった人に目の前で言われてしまう彼の気持ちはどんなものでしょうか。悲しみ、絶望、決定的な別れの瞬間。連れて行け!と命令した後の彼はどこか呆然としているような、激しい感情がないまぜになり整理がついていないけれどなんとか立て直そうとしているような、そんなふうに思った気がします。実際そのあとはグラパン(=パーシー)と作戦を立てるので幾らかの冷静さは取り戻してはいますが。
 
 この衝動的なところは冒頭のコメディー・フランセーズ閉鎖にもつながる気がしています。許容量を超えた出来事には瞬間的にカッとなって反応してしまうような部分があるのでしょうか。少なくともあれだけ監獄に人がいた中で必ず翌日に姉弟の処刑を行う必要はなかったはずです。作戦上万が一本物のピンパーネルからの手紙が届いては都合が悪いと理由もあったかもしれませんが、処刑を命じたのは確か立案よりも前でしたよね?
 ロベスピエールに「ピンパーネルの」首を保証していた彼ですが、もしかするとアルマンはともかくマルグリットのことはなんとかして処刑を撤回しようとしていた可能性はなきにしもあらずですかね。アルマンはピンパーネル一味なのがはっきり割れていますから残党として処刑されるとしても、マルグリットの罪状は…脱獄幇助計画といったところでしょうか?うーん、当時なら十分処刑される気がしてきた。ショーヴランなら彼女はピンパーネルをおびき寄せるために協力してくれただけだとかなんとか言いくるめられそうですが。
 
 
  …と、ここまではひたすら暗めな場面からショーヴランがかっこいいという話をしてきましたが、彼を語るならコメディ的な一面を抜かしてはいけないと思います。
 薔薇園でも名前をチャウチャウだのチャウヴリンだの散々ネタにされ、首元のレースがないだなんてと嘆かれ、挙げ句の果てにダサいと言われ。すでにパーシーに翻弄されっぱなしなのが真面目な反面すごく可笑しくて。
 せっかく皇太子に会いに行ってもパーシーはいるし、話は中断されるし、変な格好はしているし、皇太子にまで「シャブリーン」と言われたときのまさに( °ー° )!?こういう感じの横顔は今思い出しても笑ってしまいます。それでも頑張って話を聞いてもらおうとするショーヴラン、健気すぎる。
 (ただ誰もいなくなってから部下に指示を出すあたり、実は人の目が消えるのを狙ってたのかな?とも思ったり。なんでもいいから書類を探せって言ってたけれど法的に大丈夫なんでしょうか?)
 
 最後の大立ち回りも途中までは自分の勝ちを確信して尊大な態度だったのにグラパンとのやりとりあたりからギャグ要員感が滲み出てきてたまりません。「…ん?いや待てよ?さっき馬に乗って逃げたって言わなかったか?」からは半分コントかな?という気持ちで、ここまで来れば絶対喜劇エンドだと安心したのを覚えています。正確には馬車のやりとりでこれはシリアル展開だと思いフランス兵に混ざるハルにパーシーの勝利を確信したんですが。
 
 パーシーの復活からは完全にコミカルなキャラクターで、あのギロチンの動きを擬音で表す流れは2回とも声を出して笑ってしまいました。口に旅券を詰められちゃうショーヴランさんかわいい。んーっ!んん"ーーっ!!って抵抗している姿がもう可愛くて仕方なくて、さっきまでの威厳はどこにいった!?と本当に楽しく見ていました。本人が一番なんでだー!と思っていそうなのがまた最高です。
 パリの情勢は深刻なので難しいかもしれませんが、願わくばあのあとのショーヴランはメルシエさんたち部下の証言で無実を証明されてロベスピエールにこっぴどく怒られていればいいなあ。なんて。ロベスピも最後の登場シーンで相当焦っているようだったのでそんな平和は望めないのかもしれないのが唯一気分が沈むところです。
 
 
 
 さて、またとんでもなく長文になってしまいましたが最後までお付き合いくださりありがとうございました!ここも素敵だよ!などあればコメントなどからご指摘ください。
 これだけ書いてもまだまだ作品自体の感想にたどり着かないスカピン、とんでもない作品ですね。また何度でも観たくなってしまいます。途中にも書きましたが、本当に円盤化よろしくお願いします…!